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BECOME/CONNECTER

偉そな言葉並べても、私の中身は空洞です。

私がずっと許せずにいたもの

f:id:noisolated:20170519231453j:plain昨日から、自分に問いかけている。

「私は何を許せていないのだろう?」と。

 

ふと心に浮いて見えてきたのは、

母に甘えたくて甘えたくて仕方ない自分だった。

父に構って欲しくて構って欲しくて仕方ない自分だった。

 

「愛されたい」

 

そんな想いを表現できないまま、

そんな想いを抱いて大人になってしまった自分を、

私は認めたくなくて、

自分の中で時折暴れ出すそいつらを、

許したくなかった。

 

本当は甘えたがりなのに、

本当はかまってちゃんなのに、

私はいい子ぶって、大人ぶって、常識人ぶって生きてきた。

 

もう認めてしまおう。

もう降参してしまおう。

もう許してしまおう。

 

そんな自分が自分の中にいることを。

そんな自分で生きていくことを。

本当の気持ちを表現することを。

 

もう持病で代弁するのはお終いにして、

甘えるぞ!構ってもらうぞ!

愛してはいけない/愛されるわけがない

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自己愛の重要性を痛感するととともに、

この人生を大きく舵取りしているのは、脳・心・言語だという結論に行き着く。

 

そして病気の大きな原因は、何かを許していないという意識の現れなのだ。

 

自分を愛していると自分に伝えてみてもうまくいかなかった理由は、

「ダメな自分のままで自分を愛してはいけない」

と強く潜在意識が信じ込んでいたから。

 

両親やきょうだいに愛されていないという思い込みが、

自分は愛される価値がないという思い込みを呼び、

愛されるためにはもっと良くならないといけないという発想につながった。

 

結果、愛されるためには、頑張ったり、別の自分を演じたりする必要があった。

 

 

 

とにかく今、自分に教育するなら、そのままで愛されていいんだということ。

その許可を自分に。

過去を清算し、他人を、自分を許す

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お久しぶりです。

どうしても調子の波があり、ここ数ヶ月は絶不調でした。

現在もその波の最中ではあるんだけど、もう戻ってこれそうです。

 

アール・ナイチンゲール書物に出会い、

その中で「許すこと」についての重要性に気が付きました。

 

そして改めてボブ・プロクターの書物に戻ると、

過去を清算し、他人や自分や失敗などを「許すこと」の重要性について、

しっかり書かれていたんですね。

 

今年3度目の読了なんだけど、読む度に発見があります。

 

許せないことが、心身の緊張を生み、絶えず消えることのない怒りに

続いて行くのなら、私はまず自分を許していきたいと思う。

 

罪を許すのはもちろん、否定命令を緩和するという意味の許容も同じく。

 

過去の記憶を捨てて、思考のスペースを空けることで、

初めて未来の良いイメージを描くことができる。

 

まず、イメージの前に、ネガティブな記憶でいっぱいの脳を

心を掃除していく。

起こっていることは全部、潜在意識が創ってる

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ここのところ、また持病が悪化していて。

何度目だって思うけど、アファメーションの度にきっと諦めが入ってたんだと思う。

「私は健康だ」

なんて何度も口にしておきながら、

内面では「どうせ、、、」って気持ちがあったんじゃないか。

 

結局、顕在意識とか言葉とか以上に、現実が全てで。

もし思い通りになっていないなら、

本当のところで自分がどう感じているのか内観する必要があるな。

 

口では勢いの良いこと言っても、

気持ちが真反対のこと考えてるんじゃ、

感情の方が強いよ、きっと。

 

寝る前の手書き、やろう。

本当に感じたいものは何なのか

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ふと、風呂上がりに思う。

私が本当にこの人生で感じたいことは何なのか。

ずっと体の中にある違和感にフォーカスしていて、

確かに意識することで良くなっているのかもしれないけれど、

正直なところは全くわからない。

 

それじゃあこの時間、この感じている時間は何なのか。

本当に感じていたいものなのか。

いや、違う。

外側でどんなことが起こっても、内側は平和でいたいと願いながら、

焦点はいつも不健康に当たっているんじゃないか。

 

だったらもうこの体の内部に対する感覚に焦点を当てるのはやめる。

 

静寂を感じていたい。

私は静寂な平和を感じていたい。

自分への愛を感じていたい。

人とのつながりや与えられているものへの感謝を感じていたい。

 

どの感覚にフォーカスするか。

しっかり選んで進んでいきたい。

全て自分の思い込みだった

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私の人生は不幸だ。

私は恵まれない家庭に育った。

私は愛されてこなかった。

私はダメな人間だ。

私は嫌われやすい。

私は不健康だ。

私は何をやってもうまくいかない。

などなど。。。

 

もしそんな思い込みを持っていたとしたら、

間違いなくその思い込みによって、

その思い込みを裏付ける事象を拾い続ける人生になる。

 

その思い込みになんの根拠もないし、

逆に真逆の思い込みであっても、

それは同じことなのだ。

 

とにかくもう全て、そう全て自分の思い込みが招いた過去。

だったら、もう思い込みを嘆くのではなく、

さっさと都合の良い思い込みにして仕舞えばいい。

 

勝手な思い込みで苦しんでごめんなさい。

許してください。

 

心の声に 素直になれる日は いつか君に来るの?

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自分が今、何をしたいと思っているのか。

自分の気持ちや欲求を正確に掴めているだろうか?

 

目の前の相手が今、何をしてほしいと思っているのか。

相手の気持ちや欲求をしっかり聞くことはできているだろうか?

 

ニーズに無関心だったり、推測じゃなくて、

「どうしてほしい?」

って確認して、自分や相手の欲求をしっかり満たそう。

 

「どうしてほしい?」

が気恥ずかしくて、つい観察と推測で言動してしまいがちだけど、

ちゃんと自分や相手が「今してほしい」ことを「今する」ために、

自分も素直に伝えて、満たしあっていく。