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自己愛改善ラボログ

引き寄せの法則と、意識レベルの関連性

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引き寄せの法則がうまくいかない。

 

私は多分、この感覚のマスターだと思います。

 

引き寄せがうまくいく人たちがたくさん出てきている中で、

 

私はまだ途中段階。

 

だからこそ、うまくいかない理由を見つけていける。

 

 

前にも書いたかもしれないけれど、

 

また少し確信を得たので、書きます。

 

 

私は今、仕事・お金・健康面で特にうまくいっていません。

 

(ただし、これは今後私が発展させていきたい分野ベスト3なので、

 

ある意味コントラストを経験できているという意味では、

 

うまくいっていると言ってもいいのかもしれません。)

 

 

なぜうまくいっていないかというと、

 

まず「現状についての思考が大半を占めている」から。

 

現実は過去の思考と感情の結果なのに、

 

現実を見て、また同じ周波数の思考と感情を創造しているので、

 

ブレイクスルーが全く起こらず、現状を維持する方向に力が働いています。

 

 

対処としては、まず「現実をガン無視する」「反応しない」

 

ということになります。

 

考えないようにする。無理なら寝る。

 

 

そして、次のうまくいっていない理由は、

 

「自分からパワーを取り上げている」ということ。

 

私の心の独り言はまさに「自分にパワーがない」という証言ばかり。

 

「誰か助けて。お母さん助けて。どうして自分ばっかりこんな目にあうんだろう。

 

何か悪いことしただろうか。どうしてこんなに苦しまなければいけないんだろう。」

 

被害者であり、被保護者の意識。

 

タイトルにもあるように、意識レベルとしては、

 

とても問題を解決できるものではないと感じます。

 

他にも「甘いものを食べるのは良くない。パンは良くない。」とか。

 

これも食べ物にパワーを与えて、影響されるものに成り下がっている。

 

この意識レベルで、引き寄せがうまくいくでしょうか。

 

顕在的にしろ、潜在的にしろ、「できる」とは思えていないのに。

 

 

自分には現実を創造する無限のパワーがある。

 

まずはそう「決断すること」が対処の方法だと思います。

 

 

自分にはパワーがある。

 

何かに振り回されそうになっていると感じたら、

 

自分にパワーがあることを思い出す。

 

自分以外のものにパワーを明け渡すことのないように。

 

 

 

「ヴィッパサナー瞑想」と「津留晃一さんの光」の重なる部分

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津留さんの本を初めて手に取り、読んでいるのですが、

 

感情や身体の感覚を味わう(光をあてる)ことが紹介されています。

 

それについては、それ以上でもそれ以下でもなく、

 

『「ただ感じる」ことだけに意識を向ける』と書かれていて、

 

ん?これヴィパッサナー瞑想と同じこと言ってないか?と気づきました。

 

ヴィパッサナー瞑想でも、ただ感情や思考や感覚にひたすら意識を向けて、

 

どうにかしようとせず、嫌悪もせず、渇望もせず、

 

ただ見つめることを推奨しています。

 

 

こうやって、点と点が線になる瞬間というか、

 

思いもよらぬ重なり合う部分が出てくると、

 

自分の中での信用度が上がります。

 

 

ただ一点自分の失敗点は、

 

体の不調な部分やネガティブな感情に焦点を合わせると、

 

どうしても避けよう、なんとかしよう、対処しようとしてしまう。

 

その意識は恐れに焦点が合ってしまっているので、NOですね。

 

 

とにかく静かに、優しく、穏やかに、

 

どんな感情もどんな思考もどんな感覚も、

 

優しく光で包み込むように。

 

少しずつ浄化していきます。

 

 

もう迷わない。始まりは、いつも自分だから。

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外側にある、あらゆるものと、

 

私の内側で起こる反応には、何の因果関係もない。

 

 

あなたにとってイライラするものが、

 

誰かにとっては心地よく感じるかもしれない。

 

 

あなたにとって幸せに感じる状況が、

 

誰かにとっては地獄に思えることかもしれない。

 

 

つまり、問題なのは外にある出来事でも、

 

私の性格でもなんでもなく、

 

外側と内側をつなぐ、

 

「条件付け」による反応であるということだ。

 

 

そして問題なのは、あらゆることにストレス反応を起こしてしまう人は、

 

山のような「条件付け」によって、

 

言葉は悪いが、勝手にストレスを生み出している。

 

 

まぁ私なのだが。。。

 

 

例えば一番怖いのは、世界や他人は「敵」だと見なしている(条件)と、

 

生きているだけでストレスがかかってくる。

 

人と一緒にいるだけでストレスを生み出してしまう。

 

 

もしそうなら、そのストレスに気付いて、

 

ただ何もせず、見守り続ける。

 

理論はわからないけど、幾つかの本でそう証言する記事に出会ったから、

 

そうなんだろう。

 

別に思考で理解できないからといって、効果は変わるものでもないだろう。

 

 

もう嫌な出来事とか、嫌いな人とか、

 

そういう非力な考えはしなくていいわけだ。

 

私が変われば、世界が変わるっていうのは、

 

私の感じ方(反応)が変われば、他人や出来事が気にならなくなる、

 

と言うこと。

 

 

ストレスを体の感覚や感情によって発見しては、

 

「あぁ、また条件付けによって、反応している。」

 

そう気付いて、何度も気付いて、手放していく。

 

子どもの頃に植え付けられた条件付けを

 

毎日の中で発見して、手放してく。

 

 

私たちはパブロフの犬じゃない。

 

意志を持って、自分を変えていける人間だ。

 

 

もう方法論に迷わない。

 

もう外の世界と戦わない。

 

もう行動で何とかしようとしない。

 

始まりは、いつも、全部、自分だから。

全受容のススメ

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今日も療養中のため、

 

日光浴をしたり、布団の中で内的対話をして過ごしました。

 

 

そしてその中で「全受容」というメッセージが降りてきました。

 

私のこの現実を創り出したのは、

 

長年の「自己否定」と「現状否定」だったのだろうと思います。

 

 

この組み合わせ相当ドMな設定だなと笑ってしまったのですが、

 

自己否定から来る他人軸の生き方と、

 

未来を焦るあまり行動や結果に傾こうとする姿勢が

 

私に無職、病気、貯蓄なし、親に助けられて実家暮らしという

 

社会的にみたら、どうしようもない現実を創ってしまった。

 

 

結局、全然安心して生きてこなかったし、

 

全然楽しんでこなかったんですよね。

 

 

でも今日、友人から唐突に連絡が来て、

 

内容はまたこのブログと関係ないのですが、

 

「それでいいじゃん」という励ましの言葉をもらいました。

 

 

あぁ、少しずつ自分の意識の変容が、

 

人の言葉や目に見えるもになって返ってきていると感動しました。

 

 

こないだの問題の前提条件にも通ずるところですが、

 

「それでいいじゃん」って思えてなかったんですよ。

 

あれもダメ、これもダメ、こんな自分ではダメ、こんな人生ではダメ、

 

こんな収入じゃ足りない、こんな健康状態じゃダメ。

 

ずっとこの繰り返しで生きてきた30年弱。

 

 

心の底から思えなくても、そして思えないことも含めて、

 

「それでいいじゃん」って声に出してみたら、安心できました。

 

 

心からの安心を味わえない人生なんて、

 

どんなに他人が羨む人生でも、いらないかなって。

 

 

今、安心しましょう。

 

私ももがきながら、今自分を全受容していこうとする最中です。

 

 

これを読んだ方の人生が、

 

どうか成功という物差しではなく、

 

心からの安らぎで満たされますように。

被害者意識が、より自分を被害者にする

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自分の想念が、世界を創る。

 

現実はいつも後出し。

 

 

被害者意識を持っていると、

 

あなたの世界に加害者や災難を生み出し続ける。

 

苦しい現実に、「どうして自分がこんな目に遭わないといけないんだ」と

 

悲しくなるのは分かる。

 

でも、嘆いても現実が変わらないのであれば、被害者意識をとにかく手放す。

 

考えたら、やめる。

 

この繰り返ししかない。

 

考えたら、やめる。考えたら、やめる。

 

深呼吸して、また被害者意識が襲ってきても、考えたら、やめる。

 

 

あなたの世界に存在している問題の種は、

 

あなたの意識そのものにあるかもしれない。

 

それは潜在意識下に沈められているかもしれない。

 

でもそのために現実があると分かれば、必ず発見できる。

 

 

頑張ろうとするから、頑張らなければならない現実を生み出す。

 

我慢するから、我慢しなければならない現実を生み出す。

 

恐れるから、ますます恐れるような現実が引き寄せられる。

 

 

類は友を呼ぶ、そのままに。

 

現実は勝手にやってこない。

 

いつも、私やあなたが引き寄せている。

 

 

同じような人たちで連むのは、

 

同じような波長を先に感じているからだ。

 

見た目も雰囲気もまるでかけ離れた人に近づこうとする者はいない。

 

 

出来事にだって同じ法則が働いている。

 

引き寄せの法則を、もっと日常的に考えることから、

 

世界は開けていくのかもしれない。

 

 

 

100%望みが叶うとしたら、自分の基本姿勢は?

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自分の望みが100%叶う訳がない。

 

これが一般的な私たちの思い込みでしょう。

 

でも、これは生まれた時からのものではないことも少し考えれば分かる話です。

 

自分の望みが100%叶う訳がない。

 

そう信じているから、願いを抱いても不安になる。

 

そして途中で疑い始め、しまいには諦める。

 

その繰り返しで引き寄せとは逆の証拠を確信に変えていく。

 

 

では、一度その思い込みを反転してみるのはどうでしょうか。

 

もし100%願いが叶うとしたら、

 

まずネガティブなことは間違っても考えないでしょう。

 

そして途中で不安になったり、やり方を疑い始めたり、

 

どうやって叶うのか、いつ叶うのか考え始めたり、

 

諦めるなんてこと有りえないと思いませんか?

 

 

でも絶対やってしまうんです。

 

それはやっぱり「叶わないと思っているから」

 

 

まず基本姿勢は「私には無限の力がある」というマインドセットと、

 

「願いは必ず叶う」という思い込み。

 

この二つがこれまでの硬い硬い固定観念を破壊するまでは、

 

どう頑張っても引き寄せは起きない気がします。

 

ということは割とどうでもいい、そして比較的簡単に叶いそうなことを

 

同時並行で試しながら、確信を深めていくというのも手かもしれません。

 

 

そして100%叶う時に自分が取りそうな基本姿勢を、

 

意識的に何度も何度も調整していく。

 

 

とにかく問題は脳の働き方なので、

 

今まで集合意識によって、また世代間連鎖によって、

 

深く深く刻み込まれた思い込みを手放すことから始めるしかないですね。

 

 

自分もまだ何一つ形にはなっていませんが、

 

このブログを何年後かに振り返った時に

 

よく頑張ってきたねと言える未来を引き寄せたいです。

現実に振り回されずに、自分の想念を逆探知する

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前回はエネルギーチェックの話でしたが、

 

今回は想念チェックの話です。

 

 

この話は、明らかに今までの思考プロセスを反転しないと、

 

意味不明な話になってしまいますが、

 

どうしようもない現実に直面している私にとっては、

 

もうそうやっていくしかないよなという段階に到達しています。

 

 

想念とは、自分の信じていることに他ならないのですが、

 

目の前に立ち上がっているすべての現実(五感で感知できる世界)は、

 

想念が先にあって、その想念を具現化しているという説です。

 

 

私はここ最近、持病が再発していて、

 

自我(想念)をチェックしていたら、

 

いつも心の中に「お母さん、助けて」という声があることに気づきました。

 

私は3きょうだいで、母は私が幼少の頃、精神的に余裕がなく、

 

子どもたちの心に寄り添うようなタイプの母親ではありませんでした。

 

そしていつしか私は「母親に迷惑をかけないことが母親を助けること」だと、

 

深く心に決め込み、寂しさや不満や怒りを押さえ込むようになりました。

 

 

結果、どうなったかというと「お母さん、助けて」と言うしか仕方のない

 

現状ばかりに苦しめられるようになりました。

 

職もなく、病に苦しみ、自己否定ばかり。

 

 

ここで「お母さん、助けて」という自我が満足することはないと悟ります。

 

惨憺たる現実があるから、「お母さん、助けて」と思っているのではなく、

 

「お母さん、助けて」という想いがあるから、その通りの現実が立ち上がるのだと。

 

 

またもう一つ気付いた想念は、祖母に対するイライラから見つかりました。

 

祖母は、基本的に自分の話ばかりする人で、

 

私たち家族がうんざりしているのもお構いなしに自分の話ばかり、

 

人の話を聞くというコミュニケーションを知りません。

 

私は自分が聞くのは勿論、家族が聞かされているのにもイライラしていたのですが、

 

そこには「自分の欲求より(祖母の場合は話したい、聞いてほしい)

 

他人の気持ちを考えなければいけない、空気を読まないといけない」

 

「自分が話すばかりでなく、人の話も聞くべきだ」

 

「私の考えが正しい、祖母が間違っている」

 

などなどたくさんの想念によって、苛立ち、そして想念によって

 

立ち上がってきた現実に対して、再び苛立っての無限ループにはまっていたのです。

 

 

確かに人の気持ちを考えたりすることは大切だけれど、

 

人の気持ちはいつも正しくわかる訳ではありません。

 

だったら、自分の気持ちをいつも大切にしている方が重要かもしれません。

 

話すのが苦手で、聞いている人だっているでしょう。

 

見方によっては、積極的に家族に関わろうとしているのは祖母かもしれません。

 

 

想念によって、現実は同じでも、感じ方は変化していきます。

 

私は自分のことを常識人だと思ってきました。

 

でもそのことが「自分の考えは正しい」という考え方を強固にし、

 

結果としていつも怒っていました。

 

けれど、「感情的になるのは子どもっぽい」と感情に蓋をして、

 

ストレスを心身ともに抱えられなくなるまで抱え込んで、

 

病気になっていたのかもしれません。

 

 

とりとめのない文章になってしまいましたが、

 

自分に不利な想念は手放すに限ります。

 

そして想念は「気づくだけ」で消えていきます。

 

もし消えなければ、「手放したい」と思わずに、批判もせずに見守ります。

 

あぁ、この想念のせいで反応しているんだなと。

 

きっとそのうち気にならなくなるくらい脳がうまくやってくれます。

 

 

想念を発見したら、何か紙にでも書き出してみてはいかがでしょうか。

 

 

追記:「自分の考えが100%正しい」という想念は、

 

どんなに引き寄せを学んでも、自分の考えと反する場合、

 

採用されないってことだから、早く手放した方が良さそうですね。

 

寝る前に静かに自我と対話してみよう。