潜在意識に到達するまで、顕在意識で許し続ける
顕在意識(意識)レベルで許せていないことを探すのには限界がある気がして
潜在意識(無意識)レベルで、あらゆることを許す必要性を感じている
潜在意識の種類で言うと
①経験が蓄積されたことで無意識に移行したもの
②生まれてから死ぬまで生命維持のための活動
③すべての生命を成立させている集合的無意識
の3つがあるそうだけど
そのうちで言うと①にアプローチしていくのが最も効率的とな
確か②も食事中とか排泄時にアプローチできるって本で読んだ気はするけど
1日にアプローチできる回数に限りがあるしね
とにかく内的言語のアプローチでひたすら許していく
これはホ・オポノポノと同じことなのかもなぁ
「何を許せていないのか自分にはわからないけど、
あらゆる人(自分自身も含めて)、もの、ことを許します」
そう心や声で唱えて、あとは無意識に委ねて
クリーニングクリーニング♪
ネガティブなセルフイメージや感情・思考を手放す
結果はセルフイメージによって決まる
その内容について学んだ時、
あぁだから何をイメージしてもうまくいかなかったのかと腑に落ちた
自己否定ばかりを繰り返し、他人の評価ばかり気にし、
過去の嫌な思い出を何度も味わい、未来の不安に押しつぶされてばかり
そんな状態でイメージしてもねって感じで
じゃあどうすれば抜け出せのかって言われると
明確な答えはまだないんだけど
ただ確実なのは手放す対象をハッキリ脳に自覚させること
自己否定が始まったら思考を停止
他人の評価を気にして苦しくなったら自分の感情に集中
過去や未来にマインドワンダリングし始めたら深呼吸
そして出来るなら今あるものに感謝
そうやってネガティブな脳内回路を退化させて
ポジティブな脳内回路を強化していく
大丈夫、できるよ
さぁ始めよう
こんなに苦しんできた自分なら
やりたくないことをやり続けているから、人生が複雑になっていく
「〜したくない」と感情が教えてくれているのに
「〜しなければならない」と思考で押さえつけてきた
やりたくないことで人生を埋め尽くしてきた
我慢し続けてきた
感情を軽視し続けてきた
どこかで感情は子どものような甘えだと恥じ
思考は大人のような利口さだと勘違いしていた
「〜しなければならない」はやがて自分だけでは満足できなくなって
「〜しなければならない」から外れた人を見ると腹が立つようになった
そして「〜しなければならない」を達成できない自分をそれ以上に強く責めた
やりたいことだけをやるなんて許されないだろう
やりたいことだけやっててうまくいくわけがない
やりたいことはやるべきことをやってからやればいい
そんな風に思うようになって
いつしか何もやりたいことがなくなった
やりたいことをやると自分から否定されるんだから、そりゃそうか
「〜しなければならない」なんて
自分で勝手に作って、勝手に苦しんでるんだよ
少しずつでいい
「やりたい」に目を向けて
「やりたい」の声を聞いて
喜びを取り戻して
自分の中のダメを緩めていく
こうじゃなきゃいけない
そんな思い込みは自分一人の世界ではきっと必要がない
こんな自分じゃダメだ
そんな思い込みも自分一人の世界ではきっと必要ないだろう
これはダメ、あれもダメ
こんな自分はダメ、あんな自分もダメ
本当に?
世界の全てがそうであるように
自分を苦しめているその考え方は
本当にダメなのだろうか?
結局良い子でいたいだけ
嫌われたくないだけ
やめてみてわかる
多分そんな大したことじゃないよってことに
どうしてそんなに息を詰めてまで
心や体を強張らせてまで
自分にダメ出しをしないといけないんだろう
ダメだとジャッジしなければならなくなってしまったその頭を心を
自由にしてあげよう
いつかきっと同じように苦しむ誰かを解放してあげられるから
私がずっと許せずにいたもの
昨日から、自分に問いかけている
「私は何を許せていないのだろう?」と
ふと心に浮いて見えてきたのは
母に甘えたくて甘えたくて仕方ない自分だった
父に構って欲しくて構って欲しくて仕方ない自分だった
「愛されたい」
そんな想いを表現できないまま
そんな想いを抱いて大人になってしまった自分を
私は認めたくなくて
自分の中で時折暴れ出すそいつらを
ずっと許さずに生きてきた
本当は甘えたがりなのに
本当はかまってちゃんなのに
私はいい子ぶって、大人ぶって、常識人ぶって生きてきた
もう認めてしまおう
もう降参してしまおう
もう許してしまおう
そんな自分が自分の中にいることを
そんな自分で生きていくことを
本当の気持ちを表現することを
もう持病で代弁するのはお終いにして
甘えるぞ!構ってもらうぞ!
愛してはいけない/愛されるわけがない
自己愛の重要性を痛感するととともに、
この人生を大きく舵取りしているのは、脳・心・言語だという結論に行き着く。
そして病気の大きな原因は、何かを許していないという意識の現れなのだ。
自分を愛していると自分に伝えてみてもうまくいかなかった理由は、
「ダメな自分のままで自分を愛してはいけない」
と強く潜在意識が信じ込んでいたから。
両親やきょうだいに愛されていないという思い込みが、
自分は愛される価値がないという思い込みを呼び、
愛されるためにはもっと良くならないといけないという発想につながった。
結果、愛されるためには、頑張ったり、別の自分を演じたりする必要があった。
とにかく今、自分に教育するなら、そのままで愛されていいんだということ。
その許可を自分に。
過去を清算し、他人を、自分を許す
お久しぶりです。
どうしても調子の波があり、ここ数ヶ月は絶不調でした。
現在もその波の最中ではあるんだけど、もう戻ってこれそうです。
その中で「許すこと」についての重要性に気が付きました。
そして改めてボブ・プロクターの書物に戻ると、
過去を清算し、他人や自分や失敗などを「許すこと」の重要性について、
しっかり書かれていたんですね。
今年3度目の読了なんだけど、読む度に発見があります。
許せないことが、心身の緊張を生み、絶えず消えることのない怒りに
続いて行くのなら、私はまず自分を許していきたいと思う。
罪を許すのはもちろん、否定命令を緩和するという意味の許容も同じく。
過去の記憶を捨てて、思考のスペースを空けることで、
初めて未来の良いイメージを描くことができる。
まず、イメージの前に、ネガティブな記憶でいっぱいの脳を
心を掃除していく。